ブロックチェーン/分散型台帳技術を活用した外国為替コンファメーションシステムの開発事例報告

公開日:2021年5月20日
薮下 智弘

1. はじめに

SBIグループの外国為替取引事業会社であるSBIリクイディティ・マーケット株式会社(以下、SBILM殿)は、外国為替取引における確認情報をブロックチェーン/分散型台帳技術で共有する外国為替コンファメーションシステム「BCPostTrade」を2020年4月から実運用・顧客への提供を開始した。

SBIセキュリティ・ソリューションズ株式会社が統括した本システムの開発において、Cordaパートナーである株式会社シーエーシー(以下、当社)は、Cordaによるシステム化検討やシステム設計・実装・テストなどで協力し、Webアプリケーションサーバーの構築、Cordaサーバーの構築およびアプリケーション開発(Webアプリ、CorDapps)などを行って、アジャイル開発による約3ヵ月の短い開発期間で、複数ユーザー企業によるUAT(ユーザー受け入れテスト)・実運用リリースに貢献した。

Cordaは企業間取引での利用に特化したブロックチェーンプラットフォームであり、国際的な3大ブロックチェーンの1つでもある。「BCPostTrade」は、Cordaを活用した商用システムとしては初の国内事例となった。

本稿では、このプロジェクトについて報告する。

2. 従来の外国為替コンファメーション業務の課題

SBILM殿は、SBIグループにおける外国為替、デリバティブ取引といった外国為替関連事業を一手に担っている。その業務は主として、注文、コンファメーション、決済というプロセスから構成されている。コンファメーションとは、外国為替取引においては、その取引内容を「確認する」という意味で使用されている言葉であり、金融機関におけるフロントとバックオフィスの取引データの照合・突合を行うリコンサイル業務と同様の作業で、基本的な事務作業だが、取引を間違いなく行う上で重要なものである。

そのように正確さを求められる一方で、システム間のデータ連携に課題があるなどにより手作業で対応しているケースも少なからずあり、人為ミス発生の余地があるのが実情である。SBILM殿においても、電話やメールによる作業が行われていたため、情報の確認漏れやメール誤送信等のリスクが課題となっていた。

そこでSBILM殿では、先端技術の積極的活用により、そうしたオペレーショナルリスクだけでなく改竄可能性をも低減することを企図して、ブロックチェーン/分散型台帳技術基盤である「Corda」を実装したシステムの開発に取り組むことにした。

3. BCPostTradeの概要

BCPostTradeは、先に述べた外国為替取引における業務プロセスのうち、コンファメーションの部分をシステムに置き換えたものである(図1参照)。従来は電話やメールで行っていたオペレーションを一つのアプリケーションで完結できるように統合したのである。これにより、コンファメーション業務におけるオペレーショナルリスクを低減するとともに、高いプライバシー保護と改竄耐性の確保を実現した。また、ブロックチェーンにより当事者間での取引データの同一性が保証されて照合作業の信頼性が向上し、さらに情報伝達のリアルタイム化によりバックオフィス作業へのシームレスなデータ連携も可能になった。

図1  BCPostTradeの機能概要
図1 BCPostTradeの機能概要

次に、開発したシステム全体のイメージを図2に示す。

図2 開発したシステムの全体イメージ
図2 開発したシステムの全体イメージ

ここに示したとおり、まずセルサイド(外貨を供給する側)がシステムに取引情報(このレートでこの数量の約定があったという情報)を入力し、コンファメーション依頼のトランザクションがバイサイド(外貨を調達する側)に送られる。それを受けてバイサイドからセルサイドに、確かにその内容で取引したというコンファメーションを返す。

この際、セルサイドからバイサイドへ、バイサイドからセルサイドへのそれぞれのトランザクション情報からハッシュ値が生成され、それがThe Corda Network(tCN)というパブリックのネットワーク上のNotary Nodeで管理されるようになっている。ハッシュ値だけ見ても取引内容はわからないが、改竄により少しでもトランザクションの内容が違っていればハッシュ値も変わるため、それにより改竄を検知することが可能になっている。

なお、tCNはCorda Network Foundationが運営しており、Cordaのビジネスネットワーク同士を接続する。Cordaを使用する金融機関などが接続してデータやデジタルアセットを様々なCorDapps(Cordaベースの分散型アプリケーション)間でやりとりできるものである。

4. BCPostTrade実用化のポイント

BCPostTradeの実用化については、いくつかの成功要因があったと考えている。逆に言えば、これらの要因を最初から検討・考慮した上で進めたことで成功したと言える。

(1) スモールスタート

まず、今回の業務については既存システムがなく、レガシーを考慮する必要がなかった(対象業務・システムを絞り込んだ)。その上で、注文、コンファメーション、決済というプロセスのうち、コンファメーションを切り出してスモールスタートさせたことが成功の確率を高めた。もし他のケースで、現行システムがある場合は、影響範囲が少ない業務を切り出して、かつ、できれば代替手段がある業務でスモールスタートさせるのがよいと考える。

(2) オンチェーンとオフチェーンでのデータの持たせ方の検討

ブロックチェーンを活用したシステムだからといって、すべてのデータをブロックチェーン上に持たせる必要はなく、向いているデータと向いていないデータの切り分けが必要となる。データをどこ(オンチェーン/オフチェーン)にどのように保存・共有させるかを検討し、初期段階で中心的な会社間・担当者間で合意を取れたことも重要なポイントであった。

なお、システム構築を進める上では、データの持ち方を早い段階で確定させる必要があるが、ブロックチェーンの特性として、データを書き換えられず、各社が持ち合うデータフォーマットを後から変更するのが難しいことへの留意が必要である。もし、作り直しが発生すると開発スケジュールにも大きく影響する。本システムでは、設計段階で汎用的な予備項目領域を幾つか持ち、業務都合による項目追加等に柔軟に対応できるように考慮している。

(3) 開発側と業務側との観点の共有

開発側からはブロックチェーンの技術的な説明会(ブロックチェーンやCordaがどういうものか、など)を業務担当に行い、業務側からは業務の説明会(当該業務はこういうプロセスで構成され、どのようにデータを共有したいか、など)を開発担当に実施し、お互いの観点をしっかり共有できたことも当プロジェクト成功の要因だったと考えている。

5. プラットフォームにCordaを採用した理由

ここで、BCPostTradeの分散台帳基盤にCordaを採用した理由について触れておきたい。

現在、ブロックチェーンと総称されている技術基盤は、パブリック型、プライベート型、コンソーシアム型に分類される。パブリック型には管理者がおらず、主な用途は暗号資産取引である。Bitcoinがよく知られる。対して、プライベート型(管理者は単一企業)、コンソーシアム型(管理者は複数企業)は企業間取引や金融機関の取引に用いられる。Cordaはこちらに属する。

ブロックチェーンは、相互運用性が問題視されるほど多くの基盤が乱立している状態にあるが、その中でCordaは、金融取引に適した基盤として有力な地位にある。SBILM殿では、今回のシステム開発にあたって複数の技術基盤を比較し、金融取引に求められる要件(相互運用性、耐改竄性、秘匿性など)をバランスよく備え、かつ関係者間取引を前提とした基盤である点を評価し、Cordaの採用を決めた。

他のブロックチェーン基盤でも、コストをかければ必要な機能の実現をできなくはないが、必要なデータのみを共有するCordaが最も自然体で業務要件を満たせていると当社でも評価している。また、当社のこれまでのブロックチェーンのシステム開発経験において、Cordaは比較的短期間で技術者育成できた実績がある。ブロックチェーンはまだ技術者の数が限られていることから、技術者育成が容易であることも評価ポイントとなる。

6. 今後の展開

BCPostTradeは国内初の商用システムとして本番稼働してから既に1年以上が経ち、開発・本番リリースから継続して当社が保守・運用を担当している。当社は最も長くブロックチェーン・Cordaの実運用を経験しているベンダーとも言え、先行して様々な運用ノウハウを蓄積する事ができ、ブロックチェーンの安定稼働・拡張に向けた体制も整ってきている。

BCPostTradeは、コンファメーション業務のみを実装しているが、これは第一段階である。今後は、コンファメーションだけでなく、注文や決済を含めた機能拡充も予定している。現在は、為替取引だけでなくオプション取引のコンファメーションも扱えるようにし、為替の注文・約定データと連携して、更なる自動化・業務効率化をめざして拡張開発している。また、参加企業を増やして業界スタンダードの確立も目指している。将来的には為替以外の幅広い伝統的金融商品やデジタルアセットを扱う一元プラットフォーム化も構想している。

当社でも更なる技術研鑽と体制強化を行い、SBILM殿の期待に応えていく所存である。

■著者プロフィール

薮下 智弘

株式会社シーエーシー
デジタルソリューションビジネスユニット デジタルITプロダクト部
ブロックチェーン推進グループ グループ長
薮下 智弘

15年以上にわたり、メガバンク、大手証券会社・保険会社のシステム開発アーキテクト、プロジェクトマネージャーを担当。
複数の大手金融機関・事業会社向けにブロックチェーンのコンサルティング・R&Dを行い、Corda初の国内商用システムを実用化。
工学修士、技術経営修士(MOT)、経営学修士(MBA)。

  • 記事中に記載の会社名、商品名等は一般に各社の登録商標または商標です。

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