コラム:CACとAI
1.はじめに
第三次AIブームには、今のところ衰える気配がない。ブームに乗ったわけではないが、当社もAIに取り組んでいる。もっとも、当社での取組みはこれが初めてではない。
第三次に先立つ第二次ブームの頃、当社でもいろいろな取組みがなされ、あるものは実用化され、あるものは外販用に商品化もされた。いつの間にかそれらは歴史の中に埋もれてしまったが、本稿では、その頃の取組みをかいつまんで紹介し、往時を学ぶよすがにできればと思う。
その前に、まずは昨年(2016年)頃からの当社の取組みについて述べておきたい。
2.今日のCACとAI
2.1 感情認識ソフトウェア
当社のイノベーションカンパニーでは現在、AIを応用したサービスの創出に取り組んでいる。その推進のため、グループ内にコーポレートベンチャーファンドを設立し、スタートアップ企業などへの出資も行っている。
そうしたもののひとつに、米国Affectiva社の感情認識ソフトウェアAffdexがある。
Affdexは、ウェブカメラなどを使って、ターゲット(消費者など)の顔の筋肉の僅かな動きをリアルタイムに捉え、感情をデータ化し、分析することを可能にする。こうして得られたデータは世界各国でマーケティング、医療、販促活動、ゲームなどさまざまな分野で既に利用されている。
Affectiva社は、MITメディアラボからスピンアウトして設立され、世界の感情認識AI市場におけるリーディングカンパニーとなっている。CACグループは2016年5月に同社に出資し、同年7月に当社が日本国内初の販売代理店契約を締結して同社のサービスとソフトウェアの販売を開始した。
現在、広告関連など関心を寄せてくださる企業に対して紹介や活用可能性検証を進めているほか、画像処理やIoTなど他の技術と組み合わせたソリューション開発も検討している。

2.2 IBM Watson
2016年8月、当社はIBM Watsonエコシステムプログラムに参画し、テクノロジーパートナーに選定された。IBMは、WatsonをAIとは呼んでいない。
しかし、彼らがコグニティブ・コンピューティングと定義するその世界は、大量のデータを収集・処理し、仮説を立てて推論し、学習を繰り返して進化するというものであり、それがもたらす効果は、現在人々がAIと聞いてイメージするものに近い。そのため、AIとして扱われることも多い。
そうした、AIか否かの議論にかかわらず、Watsonは実績と将来性を兼ね備えた有力なテクノロジー・プラットフォームであり、当社の顧客にも大きな価値をもたらす可能性がある。
そのため当社は、パートナーとして名乗りを上げ、自社の業務知識とWatsonテクノロジーを組み合わせて、製薬企業などのビジネス革新に貢献することを目指している。
3.第二次AIブームの頃
3.1 エキスパートシステムへの取組み
ここで話は1980年代に遡る。当時、AIは世界的に第二次ブームを迎えていた。その立役者はエキスパートシステムであった。日本でも1982年に新世代コンピュータ開発機構(ICOT)が設立され、第五世代コンピュータプロジェクトが開始されるなど、AIは大きな盛り上がりを見せていた。
当社のAIへの取組みもこの頃に始まる。まずは、エンジニアがLispやPrologを習得したり、ロボットとAIの研究者で当時、当社技術顧問のひとりであった金山裕氏(筑波大学、スタンフォード人工知能研究所を経て、カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)にご指導いただいたりしていた。ナレッジエンジニア育成のために社内に研究会を発足させ、米バテル記念研究所からAIの専門家を招いてセミナーを実施したのもこの頃である。
当社での本格的な取組みは、生産技術研究室が1984年にエキスパートシステムの研究を開始したことに始まる。1986年1月には、AIを含む先端技術の応用研究を目的に技術研究室が設置された。エキスパートシステムの適用分野としては、まずは知的な業務処理システムが構想され、加えて、プログラミング自動化やソフトウェア設計支援などソフトウェア開発環境がターゲットとなった。
3.2 研究対象は保守業務へ
その後、エキスパートシステムの研究は保守業務が主たる対象となった。「ソフトウェア波及分析支援エキスパート・システム」の開発、実用化はその成果のひとつである。このシステムは1989年8月に「PLASMA」として製品化され、銀行系ソフトウェア会社などに販売された。プログラムソースやJCLなどから現行システムに関する知識ベースを自動で構築して、保守時の修正による影響の事前予測を可能とし、バグの発見・診断もサポートできるものであった。
保守業務では、ニューラルネットワーク技術を用いた工数見積りシステムの開発も行われた。ニューラルネットワークは、脳の神経細胞を模した仕組みをコンピュータでつくると人間と同じようなことができそうだというアイデアに基づくアルゴリズムである。理論上は十分な予測精度があると目されたが、実用化は進まなかった(今日では、当時のコンピュータの処理能力が追い付かなかったのがその原因とされている)。後から振り返れば、当社におけるAIへの注力は、この頃がひとつのピークであった。

3.3 日本語の自然言語処理
一方でその頃、技術研究部門では自然言語処理への取組みが進んでおり、1988年には日本語文書の索引作成・校正支援システムを開発した。AI技術を応用したシステムであり、用語索引リスト作成、文体変換、用語一括修正、用語リスト比較などの機能を実装した。
その延長線上で1991年、ファジィ推論による重要語評価のメカニズムを利用して日本語文章の抜粋を自動で行うシステムを開発した。これらの取組みは、2000年代前半のWeb全文検索エンジン、自然言語データの類似度検索システムの開発へと続いていった。
そうした長年の取組みを経て、ブログなど日時情報を持つテキストデータを対象に、リアルタイムに話題を計測する「kizasiサーチエンジン」を開発し、2006年に事業化するに至った。その後、kizasi事業はグループのきざしカンパニーが継承し、技術も同社に受け継がれている。
3.4 日本語の自然言語処理
自然言語処理分野での取組みは連綿と続いた一方で、1980年代に目指した知的な業務処理システムは、当社では見るべき成果は得られなかった。
実は、ブームのさなかの1986年、前述の金山氏は当社コミュニケーション誌上で「マージャンをする人に“自分のアルゴリズムを流れ図の形に表現することができますか?”とお尋ねしたい。(中略)ある仕事ができる、ということと、その仕事をするプログラムが書ける、ということの間には恐ろしいほどの隔たりがある」と指摘している1)。
第一線の研究者なればこそ、当時のAIの可能性と限界を冷静に見極めていたのであろう。その見立て通りというべきか、第二次AIブームはブームで終わった。当社でも、ブームの終焉と歩調を合わせるように、業務処理システムやソフトウェア開発環境にAIを応用する試みは終息していった。
4.CACに求められること
再び話を現代に戻す。第二次ブームのときと比べると、ユーザーのAIへの期待は現在のほうがはるかに大きいと感じられる。人類最強棋士のひとりを破った囲碁AIのインパクトがよほど大きかったのであろう。この出来事は、第三次AIブームを牽引するディープラーニングの見事なデモンストレーションでもあった。
ディープラーニングが何にでも適用できるわけではないし、それだけがAI技術でもないが、それによってAI活用の機運が高まっている今は、AIでビジネスや社会のイノベーションに取り組むよい機会に違いない。そして、当社には、AI関連のそれぞれの技術の可能性と限界を冷静に見極めつつ、そのメリットを顧客とともに、顧客のために、最大限に引き出す取組みが求められている。次号や次々号の当社技術レポート誌「SOFTECHS」では、そうした事例報告ができるはずである。
参考文献
- 1) 金山裕「人工知能フィーバー雑感」、softFORUM、June.8'6vol.2No.1